2011年8月28日日曜日

Googleの脳みそ 変革者たちの思考回路

Twitterで話題となっている本。本日(8月26日)現在ではAmazon・楽天ブックスともに在庫切れとなっており、かなり人気のようだ。タイトルからGoogleの経営スタイルを解説した本かな?と最初思っていたが、実際には法規制のあり方の問題に焦点を当てている。

「新興衰退国」となってしまっている日本の様々な問題点に触れ、新たなルールのあり方(「やる気システム」と本書では言っている)を提示している。日本の停滞についての問題意識については最近読んだ、「日本中枢の崩壊」とも似た部分があったが、本書では停滞を打破する方法として司法の役割にもフォーカスしている点に新しさを感じた。

タイトルのGoogleは「正面突破戦略」を採用する代表例として登場する。正面突破戦略とは、「新サービスが社会の要請に応えるものとの確信を胸に挑戦し、利用者からの支持や法定闘争などを通じて法的課題を克服していく作業」のこと。GoogleはYou tube、ストリートビュー、ライブラリープロジェクトなどで著作権法やプライバシーに関する法的リスクを積極的に取りに行ってきた。この背景にはイノベーションを追求する企業家の積極的な姿勢と、そういった姿勢を許容する風土やルール(フェアユース規定など)の存在を指摘している。

一読し、自分の仕事と関連して考えたのは、士業の整理解雇ルールの見直しである。

本書では、整理解雇の4要素(人員整理の必要性、解雇回避の努力義務、解雇対象者の妥当性、手続の妥当性)が非正規雇用の割合が増え、終身雇用の前提が崩れている現状とマッチしていないと指摘し、規制緩和を提言している。

昨今、大手監査法人でのリストラが相次いでいるが、いずれも希望退職を募集する方法での削減を行っているようだ。これは本書にもある整理解雇の4要素の「解雇回避の努力義務を果たす」ためだと推測する。

4要素への配慮が金科玉条のように扱われるべきでない点については同じ考えだ。特に会計士に限らず士業の世界は、多少給料が下がることを受け入れれば自分の専門領域でメシを食うことができるはずである。また、資格団体内や同業者との横のつながりもあり、一般的なサラリーマンとは異なる立場にある。率先して異なったアプローチによるリストラをやるのも一案だったのではなかっただろうか?監査法人で働く会計士の立場からすると厳しいのは確かだが、結局回りまわって日本が元気にならないと、監査業界の市場規模は縮小する一方だろう。

他にも色々思うところはあったが、またの機会にまとめようと思う。





2011年8月22日月曜日

東京電力の「事業等のリスク」

有価証券報告書には、投資家等の判断に重要な影響を及ぼす可能性のある事項を「事業等のリスク」として開示することになっている。東京電力の2010年3月期有報では以下のリスクが識別されていた。(以下抜粋)

(1)電気の安定供給
自然災害,設備事故,テロ等の妨害行為,燃料調達支障などにより,長時間・大規模停電等が発生し,安定供給を確保できなくなる可能性がある。その場合,復旧等に多額の支出を要し,当社グループの業績及び財政状態は影響を受ける可能性があるほか,社会的信用を低下させ,円滑な事業運営に影響を与える可能性もある。
 
(2)原子力設備利用率
自然災害や設備トラブル,定期検査の延長等により原子力設備利用率が低下した場合,燃料費の高い火力発電設備の稼働率を必要以上に高めることとなり総発電コストが上昇する可能性がある。また,CO排出量の増加に伴い,追加的なコストが発生する可能性がある。この場合,当社グループの業績及び財政状態はその影響を受ける。
 
(3)原子燃料サイクル等
原子力発電の推進には,使用済燃料の再処理,放射性廃棄物の処分,原子力発電施設等の解体を含め,多額の資金と長期にわたる建設・事業期間が必要になるなど不確実性を伴う。バックエンド事業における国による制度措置等によりこの不確実性は低減されているが,制度措置等の見直しや制度外の将来費用の見積額の増加,六ケ所再処理施設等の稼働状況,同ウラン濃縮施設に係る廃止措置のあり方などにより,当社グループの業績及び財政状態は影響を受ける可能性がある。
 
(4)安全確保,品質管理,環境汚染防止
当社グループは,安全確保,品質管理,環境汚染防止に努めているが,作業ミス,法令や社内ルールの不遵守等により事故や人身災害,大規模な環境汚染が発生した場合,当社グループへの社会的信用が低下し,円滑な事業運営に影響を与える可能性がある。
(※以下略)
さすがに「メルトダウンが生じるリスク」と言った表現ではないが、自然災害による大規模停電や原発利用率の低下などがリスクとして認識されていた点が興味深い。うがった見方かもしれないが、今の状況も想定されたシナリオの一つではなかったのではないかと思えなくもない。
個人投資家のうちどれだけの人が有価証券報告書を読んでいるかは微妙だが、2010年6月の時点で上記のリスクが開示されていた以上、東電の社債権者や株主はこれらリスクを踏まえて投資を行ったものと見做されても仕方ないだろう。

2011年8月18日木曜日

特捜検事ノート 河合信太郎


著者は元東京地検特捜部長で、本書は戦後の汚職事件を数多く手がけた経験に基づき捜査のあり方を綴っている。繰り返し述べているポイントは以下の3点である。

1、人に聞くより物を見よ
自白を求めることではなく証拠の収集と検討が第一でなければならない点を本書では何度も強調されている。証拠の詳細検討を行わずに自白を取ることを中心とした捜査は科学的・合理的なものではなく上滑りになりやすい点や、被疑者が犯罪事実を認めているという安心感から究明が不徹底となる点も強調している。

2、 不偏不党厳正公平な検察権の行使
「検察における不偏不党とは、検察権の行使は常に一党一派に偏することなく厳正中立であって、いささかもそれが疑われるようなことがあってはならない」
「これは国のためになる、これは国のためにならないだろうというようなことを狭い視野で政治的な配慮をするということは、検察の邪道である」

3、社会正義を実現する気概
「検察の問題は、つねに社会的に生命を奪うという厳粛な、重大な問題を議論するのだから、それを担当する主任検事も、これを決済する決裁官も、情熱を注ぎ込んで上滑りの報告、決裁ではなく、お互いに全身全霊を打ち込んで事件の内容と取り組むという心構えが欲しい」
「人を調べ、罪を懺悔させるというからには、取調官自身が、まず身を修め、誰の前に出ても犯罪に関する限り、その人を懺悔させ頭を下げさせるという確固たる信念を持つようにならなければならない」

本書を一読して思ったのは、著者が考えるあり得べき捜査を行っていれば、特捜検察が今のように批判されることはなかっただろうということだ。郵便不正事件以降、特捜検察は厳しい批判に晒されて、その社会的信頼は低下している。特捜検察への権限の集中、恣意的な国策捜査、検察の考えるストーリーへの強引な当てはめ、経済実態への理解不足、マスコミとの関係などが現在批判されているが、これらはいずれも本書が20年以上前に指摘していたものと重なる。

最近は特捜検察解体論を目にする機会も多いが、捜査機関としての能力低下が根本的な原因と考えると、若干違和感を感じる。結局のところ組織の質は構成する個々の人間の質で大半が決まる。だから、より良い社会のためにどのような制度がベストなのかという議論と同じくらい、その運用をどのように担保するのかといった観点は重要だ。20年以上前の先人の理念が現在に受け継がれていないことに対する批判がもっとあっても良いのではないだろうか。

2011年8月15日月曜日

日本中枢の崩壊


遅まきながらお盆休みを利用して読了。著者は経済産業省の官僚で、官僚組織の意思決定プロセスの実態を明かすと共にその問題点を具体的に指摘している。批判一辺倒ではなく、具体的な政策提言を行っている点が単なる暴露本と違う所だ。


電力産業の発送電分離、中小企業に比べて過剰な農業保護への批判、また市場競争力を失っている企業への補助による競争阻害批判などは、主張の通りだと思う。


読了後にまず感じたのは、リーダーシップ不在でミドル層にまでリスクを取らない風土が蔓延しているのは官僚組織だけでないということ。本書では「慎重に検討」「前向きに検討」といった婉曲な表現が官僚用語として上げられているが、今やこれらの言葉は一般用語化していると感じた。


日本人は「組織力が強みだ」と自画自賛することが多い。政府にはとりわけその傾向が強い。個人で戦うことに地震がないのでチームワークをことさら強調する。しかし、日本の強みはチームワークの「和」ないし「協調性」の部分であり、たとえば、組織としての決断力、俊敏性、行動力などにおいては、欧米の政府や企業に比べて明らかに劣っているということをあまり自覚していない。


問題は日本的な組織風土を変えるための手段。筆者は総理大臣によるリーダーシップを期待しているが、理想の人物が総理大臣になり続けるような国になるには、今の価値観や危機意識が変わらないと難しいだろう。ニワトリが先か卵が先かという話になるので、私はもっと危機的状況になるまでは変わらないと半ば諦めている。


それと読んでて感じたのは、政策の良否を評価する手法の開発と共通化にもっと取り組むべきだということ。NTTの売却益を原資として2千数百億円をベンチャー支援として無駄にした話がでているが、一般企業では全くあり得ない。政策の効果をキチンと測定して評価する仕組が欠如していることの証左だろう。


事業仕分けはこういった問題意識から始まったものであるが、その効果の測定方法が一般企業に比べると不正確だと思える。例えば大阪港の利用促進事業の事業シートでは、海外駐在員及び国内海運専門紙への企画広告、パンフレット製作の効果を大阪港における外貿コンテナ取扱貨物量の推移で判定している。実施事項と成果との因果関係が弱く評価指標として不適切であるし、コンテナ数の増加が最終的に税収とどのように関係しているのかも分からない。

コンテナ取扱貨物量の増加が最終目標であるなら別だが、事業シートでは大阪市の産業活動の活性化とある。例えば大阪港を使った輸出入を行っている事業所の売上高伸び率を取るとか、これら事業所にアンケートを取ってキャンペーン先の国との取引引き合いがあったかどうかを確認するとかすべきだ。


事業仕分けでその成果を判定するための指標の決め方について、栗東市の事業シート作成マニュアルでは以下記述がある。これでは具体性に欠けるし他の自治体で行っている同種の事業との比較が困難である。



【成果指標設定の留意点】
    ・成果の内容(市民生活にどのような効果があったかなど)を表わしている。
    ・活動指標(行政が実際に行った業務量)になっていない。
    ・実際に計測できる。
    ・民間の活動など他の要因が指標の値に大きな影響を及ぼしていない。
    ・経年変化が把握可能である。
    ・正確かつ適時に、低コストで計測できる。
    ・事務事業の目標到達度把握に使用可能なものである。
    ・市民が容易に理解できるものである。
    ・満足度のような比較が困難な数値はできるだけ使わない。
    ・データがとりやすいという理由で、施策と関係のない指標を設定しない。
    ・指標の数値の大小にこだわらない。
    ・事業が完了しないと成果が測れない(道路・施設建設、区画整理など)の場合は、毎年度測れるものを設定して代用する。
一般企業の管理会計のように投資の成果を対象事業の売上高で測定できない面で難しさはあるが、より効率的かつ客観的な手法を早期に開発すべきであろう。







2011年8月13日土曜日

税理士法改正反対署名依頼に思うこと

8月12日に日本公認会計士協会から会員・準会員宛に「税理士法改正反対署名へのご協力のお願い」が行われている。これは日本税理士連合会の「税理士法に関する意見(案)」において、”税理士になる公認会計士については、税法に属する科目のうち税理士試験において必須科目である所得税法又は法人税法のいずれか1科目の合格が必要である。”との改正を目指していることへの反対を行うものだ。


実際には税務実務の経験があっても、税理士試験を通るためには特別なトレーニングが必要だ。(例えは変だが、プロの歌手がカラオケでいい点とれないのと似たものだと思う。)税理士試験の所得税と法人税の合格率は10%ちょっとなので、この改正が通ると公認会計士が税理士業界に参入する上で大きなハードルができることになるだろう。


2年前くらいから、日本は上場企業が減る一方だ。ただでさえ監査業務の市場が縮小して人が余っているところに、税理士業界への転身にハードルを設けられるとかなり困るというのが今回の背景である。ただ、利害関係者である公認会計士協会が署名を集めても、世論の同調を得られるかはかなり微妙だ。私は会計監査の世界でメシを食って9年くらいたつが、今回の署名に参加する気にはなれない。

でもシンプルに考えれば、余程会計士から転身した税理士の能力に問題があるのでないなら、参入障壁を設けて税理士業界の活性化や競争が生まれるとは思えない。だから私は今回の改正案には反対だが、そもそも制度の立て付けをもっと自由なものに変えたほうがいいと思う。


1,税法を社会科の一部として高校のカリキュラムに入れることを制度化する。
2,税理士と会計士試験を一本化する。
3,科目合格制とし、1科目でも持っていれば資格保有者として公的資格を付与する。ただし、合格した科目がわかるようにする。
4,資格保有以降の実務経験を全て公開することを義務付ける。


そもそも、税理士という仕事は納税者の代理人である。依頼人である納税者の税金に関する知識が乏しいと、税理士がキチンと仕事をしているかどうかも分からない。だから、今までは資格試験によってその信頼性を担保しなければならなかったわけだ。高校くらいで税金について勉強してもらうのは決して生きる上で無駄にならないし、税務専門家への要求水準が向上する点でも意義あることだと思う。


一方、ここ20年で日本の会計ルールは急速に複雑化している。また、昨今話題の国際会計基準が適用されれば資格試験を通った時の知識の大部分が役に立たなくなる。税務の世界でも、国際的な企業の税務問題を扱う上では海外税務の知識が欠かせない。税理士や会計士が「会計・税務の何でも屋」であった時代は過去のもので、医者と同じようにそれぞれが得意な領域を持ち、専門外はそこまで強くないのが現実である。

今はまだ一般的な理解でないかもしれないが、そのうち「税理士」や「会計士」といった肩書きを持ってても、安心して仕事を任せることができないと思う人が増えるだろう。それは試験合格者の質の劣化によって起こるものではなく、必要な知識の拡大・細分化によって当然生じるものだ。

なので、「税理士」や「会計士」という肩書でできる業務範囲を決めるのではなく、具体的な専門知識や経験を全て開示して、何をやってもらうかは顧客が決めればいいと思う。