2011年11月14日月曜日

オリンパスの決算訂正

オリンパスの過年度損失計上先送り問題は、上場廃止可否に議論が移ってきている。具体的なスキームやその影響額がハッキリとしない限り、東証が結論を出すことは当面ないだろう。ただ上場廃止に至るストーリーとして、東証が重要な虚偽記載の発生を原因とした上場廃止決定を行う可能性の他に、12月14日までに過去5期の決算訂正が終わらない恐れもあるのではないだろうか?以下、あくまで推測に過ぎないが過年度決算訂正の監査について考えてみる。

オリンパス、決算5年分を訂正 自己資本減少へ 


第三者委員会が過去の損失先送りスキームを解明したとしても、それらが全て監査に耐えうる証拠によって裏付けられるとは限らない可能性がある。関与者からの口頭説明によってしか裏付けが得られない部分について、如何に監査証拠を得るかという問題が起こりえるのではないだろうか?

また、第三者委員会による調査によって判明した事実の他に財務諸表の誤りがないことをどのように確かめるかというのも非常に大きな問題だ。報じられている通り過年度の投資損失隠しが行われているとするならば、投資関連の勘定科目に対する監査をもう一度やり直す必要があるであろう。2011年3月期のオリンパスの投資有価証券残高は単体が525億円で、連結が593億円となっている。子会社を含めて過去5期分の監査をやり直すとなると、かなりの時間を要すると考えるほうが自然だ。

さらに一番難しいケースと思われるのは、過年度の財務諸表監査において行われていたであろう内部統制へ依拠した監査アプローチのやりなおしを余儀なくされる場合だ。内部統制監査制度が採用された2009年3月期~2011年3月期において、オリンパスグループでは内部統制が有効との内部統制報告書に対して外部監査人による適正意見が表明されている。内部統制監査は元々財務諸表監査との一体監査を前提としており、同一の監査人がセットで検討することによって効率的に監査を実施する制度とされている。そのことから、過年度の財務諸表監査において内部統制に依拠した効率的な監査アプローチが行われていた可能性が高いと思われる。具体的に、通常は内部統制が有効に機能していることを前提に、サンプルテストの件数を減らす場合が多い。

ここで、報じられる通り経営者の直接的な関与による虚偽記載が行われていたとすると、その影響は投資有価証券、預金、のれんといった直接的に損失隠しを行った(可能性のある)勘定科目に限定されない。経営者自らが内部統制を無視するようなケースであったとすれば、特定の勘定科目に関連する内部統制だけではなく、全社的な内部統制が無効なものとして監査を行うのが通常だからだ。通常はこのケースとなればコストが合わずにそもそも監査を受注しないケースが多いが、仮に監査をやるとしても内部統制に依拠しないアプローチで全面的にやり直す可能性が考えられるのではないだろうか?

私は全く実際の監査の状況を知る立場にないが、この決算訂正監査で短期間で超えなければならないハードルは非常に高いと思われる。日本の証券市場への信頼回復の一歩として何とか乗り切って頂くことを願うのみだ。。






2011年11月11日金曜日

オリンパスの投資有価証券 その2

オリンパスの第三者委員会の調査結果が徐々に明らかになってきた。

オリンパス、預金水増しで損失隠す 1300億円資産計上 

1990年代の投資損失を外国銀行預金等に付け替えたとあり、含み損が含まれる預金残高は300億円~600億円とのことだ。

2009年3月期の有価証券報告書の単体貸借対照表上の現金及び預金は178億円計上されており、この記事にある外国預金等の残高を下回っている。なので、この外国銀行預金等は他の勘定科目で整理されていたのかもしれないし、子会社で計上されていたのかもしれない。

正直な所、預金の監査で失敗するなんてありえない気もするが、その辺りは今後の調査を待つしかない。通常、預金の会計監査では少なくとも銀行への残高確認手続が行われる。残高確認は監査人が直接銀行に確認を行う手続なので、含み損を見抜けなかったということが事実であれば、残高証明書の偽造も絡んでいた可能性もあるだろう。少数のアドバイザーだけではなく、複数の協力者も関与した大掛かりなものであった可能性もあるだろう。
仮に子会社にて含み損を抱えた資産が計上されていたとすると、問題は複雑となる可能性が高い。通常、連結財務諸表の監査を行うにあたって、海外子会社の監査は現地の監査人に指示してその結果に依拠する。子会社の監査をどのように行なっていたかや、そのフォローを日本の監査人がどのようにおこなっていたかも議論になるであろう。

今回の事件をきっかけにして、監査実務は大きな影響を受けるに違いない。会計監査の世界というのは密室芸に近いところがあり、具体的にどのようなことをやっているかが外から見えにくい。なので、社会的信頼や評判を毀損するような事件がおこったときは、制度の変更や新たな監査ルールの導入など、制度面でのテコ入れで改善したことをアピールすることになる。

本当は監査手法を画一的にするのではなく、ケースバイケースの対応がベストなのだが。。






2011年11月9日水曜日

オリンパスの投資有価証券


オリンパスは巨額買収と専門家報酬の合理性の問題が一転して粉飾決算問題となった。一旦、反論の適時開示(一連の報道に対する当社の見解について)をやったことにより、却って手の込んだ損失隠しをやっていたことを伺わせる結果となってしまっている。マネジメントは損失隠しへの関与の有無だけではなく、ウッドフォード前社長の解任後の対応によって企業価値を毀損させたことへの責任も問われることになるのではないだろうか?

詳細なスキームについては会見でも繰り返されていたとおり、第三者委員会による調査結果を待つしかないだろう。ただ社長会見詳報によれば、

「円高になり、売り上げが伸びず財テクに走った時期があった。そのような時期に始まった」 
(資金が反社会的勢力などに流れた可能性について)「森氏の報告によると外部には流れていない」
との発言がある。ここからは当初取得時は正しく記帳されていた投資がその後の時価下落によって含み損を抱え、その損失を何らかの方法で補填されていたというストーリーが推測される。

HPで公開されている有価証券報告書を見ると、2000年3月期の単体付属明細表にて出資金として"GC NEW VISION VENTURES L.P"(以下①)300億円が記載されている。一方で、貸借対照表において出資金は200年3月期に表示変更によって区分掲記されている。前期には投資その他の資産「その他」に263百万円計上されていたとあるので、出資金300億円は2000年3月期に記帳されていたものと思われる。

また、有価証券勘定の中にには"LGT Portfolio Management (Cayman) LTD. Global Investable Market "(以下②)が152億円計上されている。有価証券勘定残高は前期から著変動がないことから、当有価証券は前期以前に取得したものと思われる。

その後、2005年3月期にオリンパスの有価証券勘定は大きく変動している。流動資産の投資有価証券勘定が2004年3月末の349億円からゼロとなり、投資その他の資産に含まれる投資有価証券勘定(出資金含む)は615億円増加している。付属明細表を見ると、この期から"Strategic Growth Asset Management SG Bond Plus Fund"(以下③)が602億円計上されていることから、増加は恐らくこの分であろう。これら①から③の各期の計上額は以下のとおりである。



(有価証券報告書より 単位:百万円)
               ①              ②           ③


2000/3月期 30,000 15,247
2001/3月期 30,907 15,118
2002/3月期 28,018 15,275
2003/3月期 25,603 15,380
2004/3月期 24,681 15,465
2005/3月期 23,985 15,591 60,243
2006/3月期         15,677 59,278
2007/3月期         15,834 60,263
2008/3月期         15,863 60,607
2009/3月期                 61,440
2010/3月期                 61,823
2011/3月期



2011年3月期にて附属明細表から残高はなくなっている。貸借対照表上の投資有価証券も、525億円中502億円が株式となった。

おそらく、この①~③が損失先送りスキームと何らかの関連を持っているものと思われる。第三者委員会によって解明されてくるとおもうが、監査上はこれらの投資評価をどのように行なっていたのか、というのが議論となるところであろう。

2011年11月8日火曜日

リスクをきちんと評価することの難しさ

”リスク・アプローチ”という監査用語がある。
会計監査は精査ではなく試査である以上、リスクの高い領域とそうでないところのメリハリをつけて有効かつ効率的に監査をすすめるという方法論だ(詳しくはこちら)。

ここで言うリスクというのが、”監査で会計処理の誤りを発見できないリスク”として定義されているから監査用語になっているが、概念そのものは別に難しい話でもないと思う。優先度の高いものから取り組むというのは別に監査に限った話ではないし、実務を経験する前の受験生時代にもイメージしやすかったことを覚えている。

だが実際にやってみるとなかなか難しいなといつも感じるところだ。

リスクを評価するときには、まず典型的なリスクというのが出てくる。売上が架空計上されるリスクや架空の在庫が計上されるリスク、あるいは陳腐化した在庫の評価減が適切に行われないリスクとかである。どんな企業であっても売上高や利益を大きくするインセンティブはあるので、通常のビジネスに関連してリスクを識別していくことになる。

また、日常的な事業活動に関連しない取引や、突発的な事象に関連してもリスクを識別していくことになる。例えば今年であれば、東日本大震災による損害などが典型的であろう。突発的な事象や例外的な取引というのは慣れていない分会計処理を間違うことが多いから、リスクと識別されることになる。

さらに、近年は経営者による不正が増えてきており、”経営者が無茶をする”ことをリスクとして識別されることも多い。2011年9月には循環取引等不適切な会計処理への監査上の対応等についてが公表されているが、世間を騒がせるような粉飾事件が起こるとよりリスクの評価を厳しめに見ることが要求されることも多い。


こうして普通にリスクの洗い出しをやっていると、企業活動のありとあらゆる領域にリスクを識別することになる。リスクとして識別すると重点的に監査手続を実施することになるので、リスクを多く識別されればそれだけ工数が増加する。だが、これではそもそもリスク・アプローチを採用した意味がなくなってしまうので、ここからの調整に頭を悩ませることになる。本当にきっちりと見ないと見逃してしまいそうな所はやっぱりリスクとして残し、一般論としてはリスクと評価されるものでも監査先には当てはまらないと思えるような所はリスクから外したりもする。


何をリスクとして識別するかは監査工数を大きく左右するので、監査報酬とも大きく関連することになる。私自身は経験ないが、「経営者による不正リスクの対応のために監査工数が増えるので報酬アップをお願いします」と報酬交渉の場でいうケースは余程の場合だけだろう。如何に正確にリスク評価を行い、監査手続の”無駄撃ち”とならないようにするかを考えることは、監査という仕事の収益性を直接左右する重要な要素だと思う。